息子を体育嫌いにしたくない!2 「体育が嫌い」とは一体⁈ 2020年5月公開記事
2024/01/15今日の内容を一言でまとめると
問題を小さく切り分けてみよう!
です。
こちらの記事の続きです。
息子の「体育、嫌いかも…」の予兆を感じた私。
何を考え、行動したかを説明します。
今回は「思考編」。
予め言っときますけど、
「え、こんなに考えられない!」
って思うかもしれませんが、
結構みんな小難しいこと考えてますよ!!
言葉にしてみないから、
すごく大したことないと思ってるかもですが…。
書いて、分けてみる。
それだけで、いろんな問題はただの課題になります!
自分のことでも人のことでも
何かしら手立てが必要だなぁ
と思ったときには
それが「どんなもので構成されているか」を考えます。
そしたら、
どうしようかな
をより具体的に考えることができます。
手順はこんな感じ↓
- 問題はどんな切り方ができるか考える
- 切ったものをさらに詳しくしてみる
- そもそもも考えてみる
やーん。
言葉にすると難しい!!!
書いてみると大変!!ってなっちゃうけど、
普段こんなにきっちりやってないですよ
ぼやっと考えてみてるだけです。
で、今回の「体育が嫌い」の場合は
- 「体育」と「嫌い」にわける
- それぞれ、どんなものかその要素を洗い出してみる(他と違うところ、似通ったところ)
- 息子の持っている特性を出してみる
どこにアプローチするかを考えます。
「体育」という仕組みを因数分解
- 「できる」or「できない」がくっきりはっきりわかる
- 身体の動かし方を体系的に習うわけではない
- 「その動きに慣れてるかどうか」でできたりできなかったりする
- 「みんなの前」で一人ずつが大前提
- フィードバックがめちゃ早い
体育は「できれば天国、できんと地獄」な教科なわけです。
公的自己意識が育ってきて、
周りと比べる力が発達してきた子どもにはなかなかキツい!
- 座学なら、できてなくても黙ってればごまかせる。
- 美術は、ジャッジが曖昧。
- 音楽は、口パクでも、リコーダー吹いてるフリでもなんとかなる。
でも、体育は、数字でその場で出ちゃう。
「嫌い」という心の動きを因数分解
- 「嫌い」とは、うまくやりたいけどできなかったので、諦めようとしている状態
- 根底に「できればうまくやりたい」が潜んでいる
- 「よくわからない」が混ざっている
- 「うまくできない自分」を予測して、それを回避することで自分を保とうとしている
- 頭の中のイメージと実際の自分の動きとのギャップが大きすぎてショックを受けている
- それから、
息子の現在の環境と特性を加味
- おそらくミラーニューロンが弱いため、見て真似るが不得意
- 見る→真似るの間に理論を挟むとうまくいく
- 家から学校まで20分ほどの坂道なので下半身はかなり鍛えられている
- 身体が柔らかいゆえに、安定していない
- 恐怖心が強い(安心できるまで時間がかかる)
- 空間的な広がりや、身体の回転などによる内部感覚の変化に恐れを感じやすい
(この辺は成長過程なので、急がず待つ)
これだけばーっと考えてみても
このまま放っておいたら、
きっと息子はどんどん「体育が嫌い」になり
「自分は体育に向いてない」とか
「自分は運動オンチだ」
と言い出すでしょう。
それだと、
今後小学校高学年、中学校、高校と、8年間くらい
「楽しくない」「憂鬱だ」と思いながら過ごすことになってしまう…。
さてさて、どうしようかな…
というわけで、次回行動編です。
今日も読んでいただきありがとうございます。
